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何の予断もなく、下っていけばいいのだから と、分かれ道も 大胆に好みの方向を選びます。

すると
何でしょう! 
小さいながら 
土蔵のような櫓が 石垣の上に!

「朝穂堰水配人役人詰所文庫 」!
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なにかな? 
と思っている見ていると、
乗用車が突然 右手の広場に突っ込んできました。

そこには 朝穂小学校がありました。

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古い開智学校みたいな意匠ですが、かなり新しそうです。(山梨県には 大昔のとても古い学校が いっぱいあって、現在は 観光施設となっていることが 多いですが) 


その手前の水路で、
お水の量を測りだしました。

これはもう、聞いてみるしかありません。
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おお、分水嶺に なっています。

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しかし、大事なのは こちらの水路のことでした。山梨県では、堰 これを 「せぎ」と言って とても 大事に しています。
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江戸時代 寛永16年(1639年)着工 1644年完成の 約31kmの水路です。当時 この辺は 水もなく、ススキしか生えずに 飢える村人が 多かったようです。でも 和尚さんが 代官に願い出て数年 ようやく 許しが出たそうです。村人たちの人力です。代官さまも 一部負担しましたが。最初 上の郡に 引かれ、その後に 下の郡が お願いして 延ばされたとのこと。なので 今でも その時々の 修理などの大工事には 国 県 市 そして 地元の負担し、下の郡の方が 高い比率を 負担するとのことでした。

そして 今でも 7年に 1度くらいの頻度で 水不足になるそうです。その時に 消防用水から借用して 相当な 料金を請求されたそうです。
なので、こちらの 市の職員と思われる方が 水の量を測り 対策を練るようです。
縁の下の力持ちですね。
関係ないけど、ローマ水道橋を 思い出しました。また、武田信玄の 「三分一湧水 」のことも。
昔も 今も 水 は 大変 大事なものなのですね。

お話し いただいたことと 

( 以下 ネットで  コトバンクなどの記事を 参考に しました)

※  朝穂堰  あさほぜき
https://kotobank.jp/word/%E6%9C%9D%E7%A9%82%E5%A0%B0-98195  

山梨県北西部、北杜市と韮崎市に またがる用水路で,浅尾堰と穂坂堰の 総称。
浅穂堰ともいう。

用水路延長 約 31km。
浅尾堰は 寛永 16 (1639) 年着工し 正保1 (1644) 年に完成。北杜市の八巻地区で 塩川から取水し 浅尾地区に至る 約 11.4kmの水路。